日本のWebは残念、かもね。
梅田望夫さんのインタビュー、
・日本のWebは「残念」 梅田望夫さんに聞く(前編)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0906/01/news045.html
・Web、はてな、将棋への思い 梅田望夫さんに聞く(後編)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0906/02/news062.html
がとてもおもしろかったです。
今まで梅田さんのインタビューではオプティミズムにあふれたものしか読んだことがなかったんだけど、このインタビューは愚痴と不満にあふれていて逆に新鮮でした。
はてなの近藤社長が2006年にアメリカに行って新サービスを立ち上げようとして、結局駄目だったことについても触れています。
僕は知り尽くしているんです。アメリカに行っても難しいことを。社長が日本を離れた時に残った日本がどうなるかとか、1人でアメリカに来て英語圏で留学もしていない人間がサービスを開発して自分より優秀な人間を雇えるかというと、雇えるわけないよね。そんなことは彼が来る前から分かってるんだけど。
私も駄目だと思ってました。
こんなことを言って、悪いけど。
「留学もしてないない人間がうまくいくわけがない」というのは、私も海外の会社と一緒に仕事をした経験から強く感じています。
(自分の子供にはその高いハードルをできるだけ低くしたいと思っているからこそ無理をしてでも子供を留学にだしているわけだし。)
今、近藤もブログ書いてないじゃない。彼だってアメリカから帰ってきてブログ書かなくなっちゃったじゃない。近藤に聞かないと真意は分からないけど。
でも、近藤さんがアメリカからかえってきたらブログをかいてないというのは初めて知って、(そんなに彼をウォッチしてたわけじゃないので)ちょっと悲しくなりました。
発信しないことが彼の「日本のWeb」への答えなのかと思って。
今日は渡辺千賀さんも「日本のメディアからはもう取材を受けない」とかつぶやいているし。
なんだか日本と日本のWebについてちょっと考えてしまう日でした。
やる気のある若い人たちが、日本文化の将棋を世界に広げたい。この本(シリコンバレーから将棋を観る)を読んで、こういう日本のすばらしいことを英訳したい、仏訳したいとか、そういうような人たちのエネルギーを集める能力を、ネットというものは持っているんだよね。
僕はウェブ進化論でそういう可能性について描いた。それを高校生で読んだという人が大学の初年ぐらいになってて、かなり多くの人がそういうことにわくわくした経験があって、日本語圏ではなかなか起きてないねと思っているわけですよ。
英訳プロジェクトのリーダーシップ取った子が書いた文章を読むと「日本のWebをポジティブにしたい」と。そういう“良い”じゃなくてもいいけどさ、こういうことが起こるという可能性を自分はネットに期待してたというからそれをやってくれて。そういうのは僕は好きです。個人的に。
そういうような世界が僕は好きで、人間だから、有限の時間で英語圏で何を見ているんだ、英語圏の悪いところをどこまで知っているんだと言われるけど、少なくとも自分が見たい世界はものすごくたくさんあるよ、英語圏には。大学の教材が全部出てくるとか。
確かに、日本のWeb界ではポジティブな活動、プロアクティブな活動ってそれほど見かけないですよね。
でも実世界だってそうです。特に会社。
同じメンバーでやっているんだから、実世界でできないことがウェブでできるわけはない。
ウェブ世界にさえ広がる、日本の強い力。
おそらくこの力のせいで日本のウェブは匿名の世界になっていて、2chみたいな匿名掲示板がいちばんにぎわっていて、さらにこの力がサブカルチャーが大きく育つ要因の一つになってるんだろうと思います。
ウェブ上でもこの力は「日本語」を媒介として存在するわけです。
この力には「閉塞感」も多少含まれているけど、それが主ではないですよね。
やっぱり「個を主張するよりは、まわりにあわせて動く」精神、「積極性より協調性」ってところでしょうか。
これが日本のよさであり、安全と高度成長の源であり、同時に息苦しさと無責任の源でもある。
ベルトコンベアにのってまわってくる製品の故障率を低くしたり、全体の意志を統一するにはとてもよい国民性だけど、全体の意志を統一するより早い意志決定が求められるネット時代には生き残るのが難しい国民性です。
生物としてみると、種としての寿命はつきているんじゃないかと思えます。
そういえば私自身も、仕事との付き合い方がとても消極的になってきて、新しく提案をしたりするような積極性がなくなってきています。
私はそれなりの会社でそれなりに有名な商品の仕様開発にかかわっています。
いわゆる上流行程ってやつですね。
仕様をつくっているというときこえはいいけど、実態は偉いひとや他部署からでてくるリクエストをならべてなんとか不整合がおきないように整理しているだけ。
この仕様についてはA部長に確認をとったからOKとか、これはB部長がまだ納得していないので、もう一回会議を開いて確認するまでは仕様がきまらない……といったように、製品をつくるというよりは、パワーゲームと根回しの調整だけ。
私も最近は「いい製品をつくる」ための無駄な自己主張はせず、
・現場の負担が増えないようにすること
・それでもがんばっている人たち(特に若手)がくじけてしまわないようにフォローすること
に主眼をおいて働いています。
以前、今より積極的に仕事をしていた時期があったけど、その積極性に対しての評価は非常に低くて。
そのころ、上司に空気がよめないといわれたことがあって、なるほど、「よい製品をつくる」より「空気をよむ」ことが求められているんだ、とそこで初めて自覚しました。
決して自分をあきらめている訳じゃないけど、私は少なくとも子供たちを育てなくてはいけないので、その点自分のやりたいことだけをできる立場ではない。
「自分のやりたいこと」と「他人のサポート」を両立できるほど器用ではないので、とりあえず今は「他人のサポート」が仕事なんだと思っています。
要するに、30歳まで日本に住んでしまった人間は、世界に行って大きなことをやりたいと思ったら、日本に組織を作って、時間をかけて鍛えて、新しいものを生み出すしかないと。そこに彼なりの挫折感があったのか、納得感なのか、それは彼に聞いてみないと分からないけど。
なんとなく、ですが。
近藤さんも、梅田さんも、自分がやりたいことよりも「他人(特に若手)のサポート」をすることにしたんじゃないかな、と勝手に思っています。
日本と日本のWebはもう残念な状況だけど、脱出する方法だけはここら辺にこっそり書いておこう、と思っているんじゃないかな。
